ウソツキ忍者の独断と偏見に基づく感想・考察

読んだ本や、見たアニメについての感想

どうやって観客を満足させるか?―――『ハリウッド脚本術』を読んで

脚本の作り方についての本。アニメの感想を書くときに役に立つかもしれないと思って読んでみた。

著者はニール・D・ヒックス(脚本家)。脚本家になる前はアメリカの政府機関のトップ・シークレット(当局からは、存在を否定されているもの)の仕事をしていたらしい。この人、何者だ?

訳者は濱口幸一(アメリカ映画史専攻の修士)。

フィルムアート社。




1.脚本家とは

さっそく前書きから、脚本家が何をする仕事なのかが著者の体験談として語られる。
脚本家のアイデアを却下したプロデューサーが、映画に望むストーリーをライターに聞かせるところが面白いので引用する。


(略)2組のカップルが週末を過ごしに山小屋へ行く、そこで彼らは予想外の吹雪で瞬く間に閉じ込められてしまう、十分な食料もなく下山する方法もない中、男の1人が助けを求めるために自然の猛威に立ち向かう決心をする。不運にも、それが残りの3人が彼を見た最後となる、もう1日を飢えと寒さの中で過ごして、2人目の夫が助けを求めて山を降りることにする、女性2人だけを残して彼は雪の舞う中へ出ていくが、行方不明となる。
一方、2人の女性はとてつもなく空腹になってきている。必死になって、彼女たちは鶏を罠にかけ(吹雪の中で!)それを生で食べることにする。度胸のある方の女性が鳥を裂くと―――彼女の夫の切断された指を中に見つけるのだ!

その自慢たっぷりのプロデューサーは葉巻を口に再び押し込んで、ライターの方に得意げに顔を向けて、当然のはずの、畏敬に打たれた返答を待った。「えー、まあ」と、聞いていた脚本家である筆者は向う見ずにも聞いたのだった。「どのようにして、その指は鶏の中に入ったのですか?」
ただちにプロデューサーは身を机越しに乗り出して、葉巻をこちらの叫んだ。「おい、俺が知るわけないだろ。おまえがライターなんだ!」
これが筆者の、先行きを予測させるようなハリウッドの初体験であった―――脚本家が鶏にその指を詰め込まなければならない。ストーリーが機能するようにするのが脚本家の仕事である。

『ハリウッド脚本術』ニール・D・ヒックス(フィルムアート社)P.7~P.8


大変な仕事だなあ(苦笑)、というのが率直な私の感想である。
著者は、脚本家が唯一本当の創造的な力で、混乱した世界から意味を作り出す手際のいいアーティストであると主張し、この本は観客を満足させることについて述べたものであって、統一された理論ではないと断りを入れる。


2. ドラマ=葛藤

例えば、善でも悪でもない同じような格闘家が勝負をして、その結果どちらが勝ってもそこにドラマはない。観客はお気に入りの選手が勝って自慢するくらいがせいぜいのところで、勝利や敗北に何の道義的価値も付随していない。
しかし、善良なる格闘家と、邪悪なる格闘家がいるとすれば、そこに善と悪という価値の対立、つまり葛藤が生まれる。この場合、勝敗の結果によって私達が背負っている価値のシステムに良くも悪くも揺さぶりをかけるだろう。戦いの結果によって変化が生じるのだ。とりわけ物語の中では登場人物とその周りの世界に重要な変化をもたらす。葛藤=ドラマは単なる対立以上のものなのだ。


3.意味を作るために

ドラマは出来事をただ並べるだけではダメで原因と結果の連鎖を見せなければならない。

出来事A+出来事B+出来事C+……といったようにAが起こって、Bが起こって、Cが起こって、……ではなくて

出来事A→出来事B→出来事C→……といったようにAが起こったからBが起こって、BがおこったからCが起こって、Cがおこったから……といった具合だ。

それぞれの出来事が独立に起こるのではなく、原因と結果の構成を見せることで私達に人生の意味を作り出す拠り所を与えてくれる。


4. 葛藤にも秩序が必要

重要な変化に至るまでに必要以上に時間をかけてはいけない、ストーリーに直接的な影響がある出来事だけを配置する。どの出来事にどれくらいの時間配分を割くかは、その出来事の重要度に応じて長くなったり短くなったりする(例えば映画ではタクシー料金を払うときはお釣りの事とか考えずにポイッとすぐに済んでしまい時間をかけない、つまり現実とは違う、これはドラマにおける「重要な変化」との因果関係が弱いので大した意味のない出来事だからだ)。

①どの出来事を取り出すか。
②どう配置するか。
③その出来事にかける時間の密度にどう強弱をつけるか。

まとめるとこんな感じだろうか?

スポーツマンガでも1試合に数巻分を費やす一方で、「―――1年後」みたいに長い時間が1ページで済まされたりなど、出来事の重要度に応じで作品内での時間の密度が違ってたりするのと同じようなものだと思う。

葛藤を簡潔に示す

1主人公は誰か?
2敵対するのは誰か?
3彼らは何について(なぜ)争っているのか?
4その葛藤から生じる変化は何か?
5なぜ主人公は、その変化を達成するために行動を起こすのか?


5. 三幕構成(始まり・中盤・結末)

1誘因(始まり)

主人公に1つの問題があることを提示し、目的を達成することで解決されなければならない。
登場人物に興味を持ってもらうのが理想だが、上手くいくことは稀。実際には登場人物が陥る困難な事態に注意を向ける。
第1幕の早い段階で「その人物が、この困難な事態からどのように脱出するか見てみたい」と思わせる。

2期待(中盤)

もっともっと面白いことが起こるだろうと期待を高めていくが、バラバラのエピソードではなく重要な変化の成功あるいは失敗につながるものでなくてはならない。

主人公は葛藤が原因で外的な敵と内的な恐怖の両方に直面しなくてはならない。

3満足(結末)

主人公が内的な恐怖を克服し、外的な問題を解決することで価値ある目標に達することで観客は満足する。

世界が本当に意味をなす統一された全体であることでストーリーが完全になる(不完全ではダメ)。





6. ストーリーの要素

要素1. バック・ストーリーをどう入れるか

バック・ストーリーとは現在の状況や設定を成立させている出来事。

絶対に必要なバック・ストーリーだけを入れる(多く入れすぎてはいけない)。

どうして事件が起きようとしているのか必要最小限だけ知っていればいい(フラッシュバックや過去の回想は×)。


チェック
1このバック・ストーリーを観客が本当に知る必要があるか?
2情報を伝えるために最も簡単で押しつけがましくない方法は何か?
3他に起きている何かを気づかれないように(アクションの中に)提示できないだろうか?


要素2. バック・ストーリーの種類

①厳密な事実
②主人公の主観的な直観

この両方で作られつつあるのが主人公の内的な欲求(欠乏)である。
1.主人公は実際は持っているが、それに気づいていない。
2.それが必要だということに気づいていない。


観客を満足させるための劇的な葛藤の解決には、主人公がその「内的な欲求(欠乏)」を獲得しなければならない。ただし、この「内的な欲求(欠乏)」に対処する必然性を生み出すのは「陥った状況の圧力」と「敵対者の脅威」の2つである。


要素3.物語が始まるために

今日は、いつもとは違った日でなくてはならない。主人公が避けようのないキッカケとなる事件、問題、課題、冒険を与えるような異常な出来事がある。


要素4. 外的な目的

キッカケとなる事件によって提示された課題や目的を、解決するための行為や物。


要素5. 準備

外的な目的の達成は簡単であってはならない。戦略を練り、資金や道具をそろえ、助けてくれそうな勢力を集めるなど。どんな種類のストーリーでも準備は劇的でなければならない。


要素6. 対立

主人公が目的に到達するのを妨げる外の力(対立)が必要になる。敵は主人公と同じ目的を持つか、互いに相いれない目的をもった人物。そして主人公より強力でなければ対立は存在しない。


要素7. 登場人物の行為で気づく

ドラマの中で最も落ち込んだ時に、主人公は内的な欲求に取り組むようになり、状況の圧力や葛藤によって重要な内的変化を経験するが、この変化は主人公自身は気が付かず、観客が主人公の行動を見て気づくのである。


要素8. オブセッション

重要な内的変化を行為で観客に気づかせた主人公は、いっそう協力に外的な目的に集中する。内的な目的を達成しても、まだ外的な目的が解決してないことに注意。主人公にとっても敵対者にとっても外的な目的は、より重要であるため達成されなければ多くのものが失われる。今や主人公は周りに波及する重要なプロットの変化を達成するために闘っている。その変化は周囲の社会にも影響していく。


要素9. 闘争

主人公と敵対者の妥協は不可能で、観客の緊張を緩めるためには文字通りであれ比喩的にであれ、死ぬまで闘うこと。この時点で主人公を救うために外部勢力を持ち込むのは×。主人公を殺すのも×。なぜなら観客の期待と主人公への想いを疎かにしているから。


要素10. 解決

ストーリーの出来事によって主人公は重要な変化をしているので、ドラマの最初のような人物になることは決してないだろう。







7. 登場人物

作者は登場人物の創造者ではなく、発見者にならなくてはならない。作者の内で育ちつつあるドラマの中に降霊会のごとく呼び出すわけである。内なる声―――作者の中にいる登場人物の声―――に耳を傾ける。


自分自身の感情、疑問、恐れ、喜び、失望に触れなければならないが、自分自身を登場人物に含め過ぎそうになった時は自分を超える強調された特質を見つけること。作者は彼らを愛さなければならない。


チェック項目
・主人公が最も幸福なのはいつか?
・主人公はどんな能力を持ちたいか?
・主人公が自身について帰ることが出来るとしたら、それは何か?
・主人公が自分で達成したことで最もすごいと考えているのは何か?
・主人公が最も大切にしている持ち物は何か?
・主人公の最大の無駄遣いは何か?
・主人公はいつ嘘をつくか?
・主人公が最も後悔していることは何か?

この問いに対する自分の答えに驚かないようなら、まだ主人公をきつく押さえつけすぎている。



1. 主人公は誰か?(自己概念=姿勢=認められたい在り方)

主人公は認知的不協和(矛盾する2つ以上の認識を同時に持つ)を経験しているから行動が劇的選択になりうる。

自己概念が極端に正反対な登場人物は、結ばれる前に両方に何かが変化しなければならない。登場人物自身は気が付いていなくても。

自己概念の互いの見直しが、ストーリーを観ている観客を満足させる。

登場人物に困難な選択を強いるためにはキッカケとなる事件によって起こる重大な対立・葛藤が必要(個人内、個人間、状況的、社会的、関係的)



チェック項目
主人公がする最初の劇的選択は何か?
なぜ主人公は容易な手立てではなく、その選択をとる必要があるか?(理由を考える)
主人公が劇的選択をすることで、まず何が起こるか?
主人公の劇的選択により、他の登場人物たちはどんな影響を受けるか?



2. 主人公は何を望んでいるのか?


外的な目的は観客に識別できるものでなければならない、なぜ登場人物が行動しているのか分かるためには、その目標が何なのか知らなければならない。


外的な目的は、観客が自身の認識や公正の概念などを脅かすものとして、自分にも起こりえるものだと感じさせなければならない。



チェック項目
主人公の外的な目的は何か?
最初の外的な目的は(内的な欲求)ではなく別の外的な目的に取って代わられるか?
外的な目的はどのようにして観客にはっきりと識別できるように示されるか?
外的な目的はどのようにして観客に関りがあるのか?主人公が外的な目的に到達できなかったら観客は何を失うか?




3. 主人公が目的に到達するのを妨げているのは何か?

主人公を魅力的にするのは、行動(目的達成)せざるを得ないようにさせる敵対者。

実践面では敵対者に対し、主人公にするのと同じ問いかけ(目的は何か?)をしなければならない。

唯一の違いとして敵対者は主人公とは異なった自己概念を持っている。

キッカケとなる事件が原因で、主人公が敵対者のストーリーに入り込んできて敵対者の計画の邪魔をし、敵対者のエネルギーを主人公打倒に割くようにしむける。



チェック項目
敵対者はどんな外的な目的を持っているか?
敵対者が目的に到達したらどうなるか?到達できなかったらどうなるか?
敵対者の道義的行動様式(価値観)は何か?
敵対者の価値はどのように主人公の価値と対立するか?
ストーリーの文脈の中で、敵対者の価値はどのように観客の価値と対立するか?


4. 登場人物発見

常に現在形で書く
常に能動態で書く(気が窓から見えます×、気は窓の外にある〇)



8. スクリーンの文脈

脚本家は現実的な環境と道義的な雰囲気を創造し、これらがストーリーに調和を与える。ストーリーが機能するようにするのが脚本家の仕事。

スクリーン上の世界は誇張された現実である。

観客は「あなたがルールを破らずに信頼性のコスモスの教会の外に踏み出さない限りは、誇張された現実という特別な世界にむちゅうで入っていきますよ」と言外に示している。


今まで見た作品でがっかりしたものは、どのように文脈をないがしろにしていたか?


しばしばある間違いに、調査(取材)に夢中になって魅力的な情報のすべてを押し込もうとすることでストーリーから生命を絞り出してしまう。

観客との感情面での繋がりは、主人公が価値ある外的な目的に到達してもらいたいと願う気持ちだから、その劇的強調から文脈がそれてしまうと観客との結びつきを傷つけてしまう。


9. シーンの記述

1.読者に新しい情報を与えることでプロットを前進させる。与えられた明確な情報は、謎をさらに深めるように働かなくてはならない。

2.主人公は内的欲求に対処するごとに変化を起こすので、主人公の行う決断ごとに観客が主人公について少しずつ知っていくようにする必要がある。


10.会話の機能

ストーリーを進展させる。
登場人物を明らかにする。

最良の会話は「言わないこと」から構成される。(会話の中で直接に言葉は出てこないが間接的に示されること?)
あることを語るとき、それは別のことを語っていない。何かを語ることで、それとは別の語っていないことを「示す」。

11.心得

「書くときはいつも、どんなものを書いていても、観客は自分よりも知性がないと推測するという間違いは決してしないこと」―――ロッド・サーリング


しばしば脚本家は自分を観客と区別して考え、我々対彼らとの精神状態になる。我々は、観客を自分よりも知性がない、自分よりも敏感でない、自分よりも立派ではないとしてしまう。これは脚本家としてやりがちな最大の間違いである。