ウソツキ忍者の独断と偏見に基づく感想・考察

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進化は変異と淘汰だけじゃない?―――『生物は重力が進化させた』を読んで

重力と関わる生体力学的な作用が進化を促したという本。
著者は西原克成(医学博士)。
講談社ブルーバックス


1.ネオ・ダーウィニズムと用不用

1.全てを同列に扱わない

著者は遺伝現象を解明するうえで、あらゆる生物をひとまとめに扱っている現状に異議を申し立てる。
例えば、15000G(地球の重力の15000倍)に耐えられるバクテリアと、5Gで死んでしまいかねない人間をはじめとする脊椎動物を一緒に扱って進化を語ることは不適当ではないか?
単細胞生物も多細胞生物も、植物も動物も、昆虫も脊椎動物もごちゃまぜに語られてきた進化論を整理することも本書の目的の1つだという。

これらを整理することで、「獲得形質が遺伝するか」という問いに対しても、行動様式というソフトの情報系さえ伝えられれば、獲得形質を次世代に伝えられることがわかるそうだ。

この本で扱われているのは主に「脊椎動物の進化」についてだ。


2.ネオ・ダーウィニズム

現代で主流の進化説であるネオ・ダーウィニズムは「突然変異」と「自然淘汰」で進化を説明する。
環境に適応していない個体は淘汰(死ぬ)されて、より適応的な個体は生き残り子孫を残す。
そして、たまたま突然変異が起きて新しい形質を獲得することがある。
その新しい形質が、個体を取り巻く環境により適応的であると、その形質は次の個体へと引き継がれていく。

しかし、突然変異はそれほど頻繁に起こるものではない。
その上、突然変異のほとんどは「奇形」なのだ。
つまり、ほとんどの突然変異体は環境に適応しておらず、淘汰される側ということになる。

たまたま突然変異が起こり、しかもその変異が生存に有利なものである確率は余りにも低いのである。
しかも、その突然変異は相当数の個体にある程度まとまって、生殖細胞の同じ個所に生じる必要がある。


3.サザエの角

養殖のサザエは、生まれてからある一定期間のうちに、波による力の作用をまったく受けない。
そのため角なしサザエになるそうだ。
そして、これを5代くらい続けていると、荒海に戻して産卵させても角の生やし方を忘れた個体が出てくる。
亜種が生まれつつあるのだ。
著者は、ここに突然変異とか自然淘汰の入り込む余地はなさそうだと述べる。


4.ラマルクの「用不用の法則」

第1法則
よく使う器官は発達し、あまり使わない器官は衰える。

第2法則
よく使って獲得された器官や、あまり使わずに衰えた器官は、生殖によって生まれた新しい個体に受け継がれる。


上記がラマルクの用不用の法則だ。

著者は、「獲得形質遺伝の法則」が「獲得形質が次の世代に遺伝するか」という問いである限り、やはり間違っているという立場をとっている。

しかし、実のところ獲得形質は「遺伝」によらずとも次の世代に伝えることができるという。
親の行動様式を粉に伝えるだけで、親の獲得した形質は子に伝わるのだそうだ。


2.進化

1.脊椎動物の進化

骨格のあるものとないものとでは当然に進化の仕方は違うし、その中でも骨格系の種類によって、また進化の仕方は違ってくる。

著者は、これまでの進化説の間違いを「動物も植物もなにもかもごちゃ混ぜ」にして論じてきたところにあると主張する。


脊椎動物の基本的な定義は「骨化の程度は異なるが骨性の脊柱をもった脊索動物」である。
そして次のように5つに分類する。

①植物       セルロース系骨格
②ケイ藻      ケイ酸系骨格
③貝類・サンゴ類  炭酸カルシウム系骨格
④昆虫・甲殻類   キチン系骨格
脊椎動物     水酸化アパタイト系骨格


約5億年ほど前にいたであろう脊椎動物の祖先であるムカシホヤ(現生のホヤではない)からの進化について考える。
ムカシホヤも現生のホヤも体制はほぼ同じだと想像されるので、著者は現生のホヤを使って実験したようだ。

ホヤは生まれたてはオタマジャクシのようた形をしているが、岩に吸い付いて尾がアポトーシス(遺伝子で決められた細胞死)によって変態する。岩にくっついた根の部分にセルロースが排出されて、半分植物のようなホヤ(成体)ができる。これが成長の過程だ。

この幼生のホヤを岩に吸い付かせずに成長させることで、魚の原型として幼形進化させるという。
その場合は、突然変異は起こっていない。
機械的に波を起こして岩への付着を防いだが、アポトーシスは起こってしまったらしい。
様々な試行錯誤の結果、アポトーシスを起こさない条件を見つけた。
海水中のカルシウムイオン濃度を低下させるか、ガドリニウムイオンを10^-5ミリモル添加すると、マボヤでは500個の卵から30個ほど、長い尾をもったまま変態するものが出てきたそうだ。

これは特定のイオン濃度のもとでは尾を短縮するアポトーシスを引き起こす遺伝子の引き金が引かれなくなり、有尾のまま時期が来ると内臓系が変態を開始するものと考えられる。

この段階で頭のある方向に向かって泳ぐ「頭進」を始めると、「重力」の影響が慣性の法則として作用してくる。

そうすると頭部にかたまっていた腸などの臓器は慣性力により後ろに動いていってしまう。

さらに慣性力で腸管がうしろへ延びると同時に腸が分化して新しい器官ができるのである。

体内の大部分は水溶液であり、多くの電解質を含むから「頭進」の仕方が一定のスタイルに落ち着くと、体内の流動電流の発生する箇所や強さが一定になってくる。そうなれば、その個所の器官を構成する細胞の遺伝子発現様式が従来とは変わり、その結果、器官の分化が起こり新しい臓器が誘導されるわけである。


2.アパタイト外骨格・歯・あご

頭進して口を使うようになりエサの種類が変わってリン酸が摂取されるようになる。
海水中からエラ呼吸ごとに入ってくるカルシウムイオンとリン酸が結合し体の表皮を覆う軟骨のウロコの大部分がアパタイト化する。

化石の研究によるとアスピディンというアパタイト系の外骨格の下には造血細胞の層があったという。

そして、骨甲類の甲羅は口の中まで覆っていたので、同様に口の中の甲羅がアパタイト化する。これが歯の原型であるという。

更に、重力の作用は生物に上下の関係を与える。流れに逆らって岩に吸い付いた場合、力は上下にかかってくる。この上下の力があごの分化を促しと考えられるそうだ。

ちなみに、昆虫などのあごは左右に動くものが多い。これは彼らの多くが重さを無視できるほど軽く、幼虫は地面をはうということによるところが大きいと思われる。


3.上陸

陸に上がったのは軟骨魚類の古代サメだった。
デボン紀の地球は地殻変動が激しく干上がってしまう水域が多く、上陸というよりもむしろ陸地に取り残されただけだという。
サメには頭部にロリンチーニ器官があり1億分の1アンペアを感知するといわれており、遠いところの水の所在が分かるらしい。
今でもアフリカや南米では水を求めて大量の魚が陸を移動することがしばしばあるという。

陸上に上がることで生じる問題は6分の1Gから1Gへと変わることと空気に囲まれることだ。
水中では尾とひれとエラを動かすだけで血液・リンパ液が体をめぐるので水生の生物は血圧が低い。そのため陸上では血液の循環の問題がある。
また、水中より見かけ上の重力が6倍もかかると自重でつぶれてしまう。

血圧を上げるためにはのたうち回ればよい。そうすることで自重を支え血液を全身に巡らせることだできる。
息が出来ない問題も血圧上昇によりエラで空気呼吸ができるようになって解決すると著者はいう。

さらに、軟骨が硬骨になり、造血機能が脾臓から骨髄へと移るのも血圧上昇の結果だという。

あまりにもできすぎたシナリオだと疑う方もおられよう。
(P.76)

私も「さすがにこれは…」と疑ってしまった。
しかし、著者はこれらが検証可能であり、実験を行うことで確認したという。

4.サメの空気呼吸

嫌がって暴れるサメを押さえ込んで麻酔海水につける。手術として筋肉を切ると血圧が低いためあまり出血はない。
それでものたうち回っているので血圧は上がる。火を変えて何回も手術をしていると血圧の高まりを記憶するらしく、なんとエラで空気呼吸ができるようになったという。

5.軟骨が硬骨へ変化

血流の激しい動物に軟骨を埋め込むと、いつのまにか硬骨になってしまうことはよくしられていることだそうだ。
水中のサメの血圧を高い状態に維持するのは難しい。しかし、生体内では血圧が流動電位に翻訳されることを再現すればいいので、つねに電流の流れる電極をつくり金属チタンをサメの背筋部に埋め込んだ。4か月後、軟骨は硬骨に変化し、かつ隋の周囲の椎軟骨の上端に骨髄造血巣ができたという。

骨髄造血巣に関しては、硬骨の主成分であるアパタイトが誘導したものだ。
これは、ところどころ孔の空いたアパタイトの焼結体をサメの背筋に埋め込んで、今度は電流を流さずに4か月後に確認するとアパタイト焼結体の付近に骨髄造血巣ができており、造骨細胞もできていたという。
そして、この実験でも椎軟骨の上端に骨髄造血巣でき、軟骨が硬骨化しつつあった。

これらの実験はサメの前にイヌやサルで行われていたようだ。
アパタイト焼結体を筋肉に入れてイヌやサルを定期的に動かしたときだけ造血巣・造骨巣ができた。
つまり、血液の流れとは別に体液が流れなければダメなのである。


6.胎盤の獲得

卵を産むことができないほどの大きな環境の変化が起こると子宮内の受精卵が長らく子宮内にとどまらざるをえなくなることが起こるらしい。
例えばサンショウウオは水を引き金として出産がおこるように、産卵の引き金を失えば卵の停滞が起こるようだ。

卵殻が平滑筋と接して長時間たつとアパタイトが溶け出し周囲の組織に動静脈が誘導される。
受精卵は熟して尿膜が卵殻の直下の漿膜にへばりつく。そして、卵殻のアパタイトが動静脈をぴっしり誘導すれば、漿膜の外層に動静脈性の絨毛膜が形成されて胎盤ができてしまうのだそうだ。

たぶん天変地異(ユカタン半島への彗星の衝突とそれに続く10年間の核の冬のような時代)を免れた南半球では、卵を産めないほどの気候の変動ではなかったため、哺乳類(真獣類)よりももっと大変で面倒なシステムの有袋類やカモノハシが生まれたのだろう。
(P.116)

3.まとめ(ポイントは遺伝子の発現?)

つまり環境因子と呼ばれるあらゆる物理化学的刺激が、各種機関を構成する細胞の機能をつかさどる遺伝子の引き金を引く主体であり、これが無ければ体細胞の遺伝子は何事も始めないのである。
(P.121)


私なりの理解(あるいは誤解)によって整理してみる。

遺伝子の変化(突然変異)ではなく、すでに遺伝子はあったが発現していなかった
軟骨から硬骨への変化や、造血細胞や造骨細胞ができたことや、空気呼吸が可能になったのは、新しい環境におかれることで、のたうち回ったり特定の動作を行うようになるなどして、重力の強い影響下にある中での生体力学的な作用が遺伝子の発現の引き金を引いた
そして、その行動様式は次世代に引き継がれていくために、子も同様な生体力学的な作用を受け、また遺伝子の発現が促され「新たな環境下で必要とされる形質」を獲得していく。これが繰り返されるということだと思う。

ネオ・ダーウィニズムでは「遺伝子の変化と継承」という観点から進化を捉えていて
この本では「遺伝子の発現様式の変化と継承」という観点から進化を捉えている
と思われる。

遺伝とは「継承すること」であるので、継承されるものが「DNA」であっても、「発現様式」であってもどちららもが「遺伝子」と呼べるものだと私は考える。

ラマルクの用不用の法則における「獲得形質の遺伝」は、獲得された形質が「DNAの変化」ではなくて「DNAの発現様式の変化」だと再解釈すれば、用不用の法則は正しいものとして復活することになるだろう。

脊椎動物に対して実験をおこない、電流を流すことによって新しい組織を誘導することに成功したのである(残念ながら、遺伝子の発現のしかたなど、中間段階のメカニズムの詳細は確認できてない)。
(P.57)


この確認できていない中間段階は「エピジェネティクス」で説明される可能性があると思う。
エピジェネティクスとはDNAの塩基配列の変化ではなく、DNAに巻き付かれているヒストンというタンパクや、DNAへの科学的な修飾によって制御されているDNAの発現様式が安定的に継承される仕組みのことだ。

この本には「エピジェネティクス」という言葉は出てこないが、言われている「発現様式」というものと重なり合う部分は大きいのではないだろうか。

著者が主張している内容は進化に対するこれまでの見方を改めさせ、「変異」と「淘汰」という考えに硬直しがちだった進化説を柔軟に捉えなおすことを促している。
進化説を新たに再構築する助けになるものとして興味深く、また面白く読むことが出来た。