ウソツキ忍者の独断と偏見に基づく感想・考察

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生物時計とは?―――『時間の分子生物学』を読んで

生物時計の仕組みを遺伝子などの分子レベルで分析した本。
著者は粂和彦(分子生物学者)。
講談社現代新書
2003年、第1刷。


1.共通の生物時計


地球上で昼と夜などの環境の違いは生物に大きな影響を与えてきた。
そのため、1日の変化に上手く対応することが生存を有利なものにする。
淘汰を潜り抜けてきたほとんどの生物たちの遺伝子には、24時間の時を刻む能力が書き込まれているという。
これが生物時計だ。

この生物時計に関して、人とショウジョウバエは、ほとんど同じ遺伝子を使っているという。
哺乳類と昆虫類が系統上で分岐したのは7億年以上前だといわれているので、共通の祖先はすでに同じ遺伝子を使った生物時計が備わっていたようだ。


2.サーカディアン・リズム(概日周期)

サーカディアン・リズムとは1日単位のリズムのことをいう。
この本のメインテーマもこれだ。

それ以外にもウルトラディアン・リズム(24時間より短い周期)やインフラディアン・リズム(24時間より長い周期)などもあるようだ。
数時間単位ではホルモンの分泌、数秒単位では神経細胞の活動や心臓の鼓動、数ミリ秒単位では細胞膜にあるチャネルの開閉がある。
長い方だと、女性の月経周期などがあり、人間は月単位だが実験用マウスなどは数日単位、他の自然界の動物だと季節単位などもあるようだ。


3.生物時計の4条件

1.自律的に動くこと

外部環境からの刺激ではなく自動的に時間を刻む能力が求められる。

2.外から調整できること

本当の時刻とズレた時、それを合わせ調整していく能力が必要とされる。

3.周期が24時間であること

概日周期と一致している必要がある。

4.環境変化(温度など)に対しても周期が安定していること

特に、変温動物は周囲の環境によって体温が変化してしまうので、それに対しても周期は安定していなくてはならない。これは温度補償性などとも呼ばれる。

環境(温度)は生体内の化学反応に大きく影響を与える。
例えば、ショウジョウバエの場合、25度→18度に変えるだけで卵から成虫にかえるまでの時間が10日→20日に変化してしまう。
しかし、どちらの温度でも生物時計の働きによって、ショウジョウバエの1日が約24時間であることは変わらない。


4.生物時計のメリット

ショウジョウバエや蝉や蝶など、明け方の早い時間に羽化する。これは時間をかけて羽を伸ばす無防備な状態なので、外敵が少ない時間を選んでいるのだが、羽化のためには数時間前からホルモンが分泌されなければならない。
夜の暗い状態では環境からの刺激を時間を知ることができないので、このときに役立っているのが生物時計なのだ。

ニワトリが早朝に鳴くのも、微かな明かりを感じ取っているのではなく、生物時計の働きによって時刻を知っているのだ。実際、雲が厚くかかった非常に暗い朝でもちゃんと鳴くことが確認されているらしい。

また、生物時計を使って、1日における昼の長さや夜の長さの変化から季節を知ったり、太陽の方角を基準に生物時計を使って移動する方向を決める生物もいる。


5.細胞分裂後も引き継がれる時刻情報

シアノバクテリアなどは1日の間に数回も細胞分裂を行うので、24時間という概日周期と関係なく生きているように見えるが、そうではないらしい。
名古屋大学の近藤孝男・岩崎秀雄のグループの研究では、シアノバクテリアは概日周期を持っており、しかも細胞分裂を経た後の娘細胞にも時刻の情報が引き継がれるということを発見したようだ。
おそらく、日中は光合成を行い、夜間はアミノ酸のもとになる窒素固定を行うということを効率良くするために、概日周期を必要とし、また細胞分裂した個体にもそれを引き継ぐ必要があったと考えられる。


6.概日周期の中枢

哺乳類の場合、脳の中の視床下部にある視交叉上核(SCN)という直径1ミリ~2ミリの小さな場所が概日周期の中枢だそうだ。神経細胞が1万個ほど集まって出来ている。

視交叉上核から取り出した神経細胞を培養し、電気活動の変化を調べたところ、単体で24時間のリズムを刻んでいることが分かった。
ただし、完全に独立しているわけではなく他の神経細胞と同調するため1個の神経細胞の刻む時間がズレても、ちゃんと調整される機能が備わっているようだ。


7.時刻を調整する刺激

生物時計を調整する刺激でもっとも強力なのは光だ。
光による調整では時刻を進めることも遅らせることもできる。

ちなみに、昔いわれていた人の1日の活動周期は25時間説だというのはどうやら間違っていたらしい。
自分の意志で明かりをつけることが許されていたアドリブ実験だったため、その明かりが影響して25時間になったそうだ。
1999年にサイエンス誌に発表された論文にでは、完全に外部からの影響を除いた環境下での実験では、ほぼ24時間となった。個人差も30分以内だったそうだ。



8.遺伝子が規定する

1.発見

18世紀にド・メランが、ミモザ(オジギ草)では歯の日周運動が日航のない状態でも24時間周期で続いていることを発見した。

動物としては、1971年にはベンザ―とコノプカが概日周期に遺伝的な異常のあるショウジョウバエを発見し報告している。

2.発現の流れ

DNA→転写→mRNA→翻訳→タンパク質(アミノ酸の連鎖)

転写の際には、不要な切り取られる部分(イントロン)と必要な部分(エキソン)が選ばれてmRNAとなる。
この切り取ったり切り捨てたりする作業をスプライシングという。

3.生物時計の部品(遺伝子)の発見

長いゲノムDNAの中から、ある1つの遺伝子を取り出すことをクローニングという。

また、染色体上の場所を頼りに原因の遺伝子を見つけ出す方法をポジショナル・クローニングという。


見つかった遺伝子は、それぞれピリオド、タイムレス、クロック、サイクルなどだ。

遺伝子は○○だと言うと簡単に聞こえるが、その発見は険しい道のりである。ピリオドに関して述べると、
まずは、「変異」が見つかったのだが、これだけだと概日周期の病気を見つけただけにすぎない。
コノプカはこれをピリオドと名付けたが遺伝子までは特定できていなかった。
その後13年たって遺伝子が特定され塩基配列が分かったが、その機能までは解明されていなかった。

このように「変異(病気)の発見」→「遺伝子の特定」→「機能の解明」が必要になってくるのだ。


9.生物時計の仕組み

1.タンパク質の量の増減

生物時計で時刻を刻んでいるのはタンパク質の増減である。
ピリオド・タンパク質の量なども24時間周期で増えたり減ったりしており、この増減によって時間を知っているのだ。
しかし、現在のところ何故すべての生物がタンパク質の量で概日周期を刻んでいるのかは分かっていないそうだ。


2.ホメオスタシス

生物は体内環境を一定に保とうとする性質を持っている。
これをホメオスタシス(恒常性)という。

体内であるタンパク質が増えすぎると、そのことが感知され、今度はそのタンパク質を減らす仕組みが作動し始めるのだ。このような制御機構をネガティブ・フィードバックという。
例えば、原料Aが酵素Cを触媒として化学反応し、産物Bが産生されると今度は、その増えすぎた産物Bが酵素Cに働きかけ抑制してしまうなどである。

このように、生物時計の部品(遺伝子)Xから合成されたタンパク質が、部品(遺伝子)X自身の転写を抑制するように働き、24時間周期での増減を作り出している。


3.生物時計の部品(遺伝子)の比較

転写を抑制
ピリオド(ショウジョウバエ)=ピリオド1、2、3(マウス)
タイムレス(ショウジョウバエ)≠クリプトクローム(マウス)

転写を活性化
クロック(ショウジョウバエ)=クロック(マウス)
サイクル(ショウジョウバエ)=BMAL1(マウス)


10.生物時計と睡眠

生物時計と睡眠には強い関係があると予想されるが、ショウジョウバエなどの実験動物では、どの状態が「眠り」なのか判別することが難しい。
ショウジョウバエにも脳はあるが小さすぎるため人でやるように脳波を調べることが困難なのだ。
そのため基準を決めるところから始めている。

1.睡眠

1.自発的・随意的な運動の低下や消失
2.外部からの刺激への反応性の低下
3.種によっての特徴的な姿勢
4.揺り動かすなどで覚醒状態に戻せる(可逆性)
5.睡眠をとる一定の場所をもつ(帰巣性)
6.睡眠の必要量の恒常性
7.睡眠の必要量は概日周期によって制御されている

これらを踏まえて、ハエの生物時計に影響を与えない赤外線をしようした装置でハエの行動や睡眠を観察する。

2.断眠

刺激を与えて睡眠を妨げる操作を断眠というが、ある遺伝子を失ったハエを12時間ほど断眠しただけで半分くらいの個体が死んだということが確かめられている。この遺伝子は「サイクル」であった。

3.哺乳類とショウジョウバエの比較の難しさ

哺乳類には覚醒状態(意識)とノンレム睡眠(深い眠り)とレム睡眠(浅い眠り)があり、それぞれ脳の異なる部位が司っている。
しかし、著者の仮説によると下等動物では覚醒中枢のオンとオフしかないという。
ハエなどの睡眠(じっとしている状態)は、この覚醒中枢がオフになっており、これを「原始的睡眠」と呼んでいる。

高等動物の場合は大脳が発達したため、じっとしている時間を積極的に他の目的に使うことにした。
覚醒中枢の働きが落ち原始的睡眠状態になっている間に、大脳の休息をしっかり取るために別の中枢を使って、積極的に脳を休めるノンレム睡眠をしたり、脳の中で何らかの別の機能を行うレム睡眠を作り出したのです。ハエの研究者としては残念ですが、哺乳類はハエに真似できない高等な睡眠をしているとも言えます。
(P116)

高等動物とは違うので脳波を観測できない。そのため動きを見るのだが、「眠っていること」と「動きを止めていること」の境界線はあいまだという。
現在のところ行動学的な類似点から眠っていると判断しているようだ。

しかし、人の睡眠を理解するためにハエの睡眠の研究が全く役に立たないというわけではない。
著者の発見した遺伝性の不眠異常をもったハエの個体の観察から、ドーパミンの働きが異常に強くなっていることを発見したことなど、人の睡眠・覚醒の調節に一役買っている物質という共通点などもある。
ショウジョウバエの睡眠の研究から学べることはまだまだあるようだ。今後の研究の進展が楽しみだと言える。