ウソツキ忍者の独断と偏見に基づく感想・考察

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「手書き」の魅力とは?―――『「書」を書く愉しみ』を読んで

「書」の魅力について書かれた本。
著者は武田双雲書道家)。
光文社新書
2004年、第1刷。



1.書くことについて

デジタル技術の発達により現代社会では手紙を書くことが減り、電子メールなどが増え「手書き」よりも「デジタル書体」の方がこのまま増え続けるだろう。
情報を大量に配信でき、人間同士のコミュニケーションも広がりはしたものの、それと同時に薄っぺらくなという印象も受ける。
しかし、著者は人間が人間である限り「手書き」は無くならない。こういう時代だからこそ手書きの文字が重要になってくるという。

1人1人に想いを込めて、丁寧に書くという手紙のようなものだからこそ、字の上手い下手にかかわらず受け取ったとき嬉しくなるはずだ。
手書きの字には臨場感や温もりといったリアリティが見えてくるのだ。



2.うまい字

1.下手な人にも分かる「うまい」字

字をきれいに書くには「全体のバランス」と「黒以外の部分=余白」が大事だという。
しかし、そう言われても「お手本」のように書けるわけがない。
そこで著者は「絶対に正しいお手本」というものはなく、きれいな字とは曖昧なものだという。
上達のために大事なのは自分が「うまい」と思う字を見つけて練習していくことだそうだ。
では、字が上手くない人が「うまい」字を見つけることができるのだろうか?
著者は出来るという。
字が下手な人でも、漢字を知らない外国人でさえも、その字が上手いかどうかは判断できるそうだ。

もちろん、書のプロが見る細かい部分までは見えませんが、本来人間に備わっている、物を美しいと判断する能力さえ発揮すれば、誰もが自分の判断基準で字のお手本を選ぶことが出来ます。
(P.18)

2.「字が上手い競争」

著者が開いている教室やワークショップでは、参加者にお手本なしで字を書いてもらい、自分以外の作品で最もうまいと思えた作品を1つだけ選んでもらっている。
そうすると何度やっても1人~2人の作品に票が集中するのだそうだ。
このことから誰でも上手い字を認識し判断することは可能だという。

3.「下手な字競争」

今度は逆に下手な字を書いてもらうゲームだ。
わざと下手な字を書くためにバランスをくずしたりするのは意外と難しく頭を使うことだそうだ。
下手な字とはどのようなものか?どのような字を人は下手だと認識するのか?など新しい視点で字を見ることが必要になる。
そのことによって字の上手さについてもより深く理解できるようになるのだそうだ。
こういう逆転の発想は面白いと思う。

3.よい字

1.「うまさ」ではなく「よさ」

上手い字であれば歴史に残るのかというと、そうではないらしい。
何となく下手な字でも「よい」と評価されてきた書はたくさんあるそうだ。
その代表的な1人は良寛だ。
決してうまいとはいえないが、今でも絶大な人気があるという。
うまさ、技術、テクニックとは別のところに答えがあるようだ。
その答えは「書は人なり」という言葉にある。
つまり、手先だけでなく良寛の書にはその生き様や人生観がそのままにじみ出ているのだという。

2.「臨書」の落とし穴

臨書とは語弊があるかもしれないが簡単にいうと「お手本通りに書くこと」だ。
様々な段階があって、

①形だけを模倣する「形臨」

②作者の性格や生き方までも模倣しようとする「意臨」

③その書風を他の作品にも応用していく「背臨」

④臨書から影響を受けながら、自分の個性で書き上げていく「創作」

まであるそうだ。

ただ、気を付けなければならないのは、他人の作品を模倣することが最終目標になってしまうことだ。
目的と手段が入れ替わってしまってはいけない。

3.義務やルール

書き順やとめ、はね、はらい、など様々なルールがある。
そのような「~せねばならない」という義務に縛られすぎると、書くことの楽しみや好奇心がなくなってしまう。

書き順などは国や時代によっても変わってきたようで、中国では「右」は横画から書くことに統一されているそうだ。
日本では縦から書くことになっている。

書き順とは本来「書き易さ」から決まるものだと著者は考えており、それは人それぞれの感覚によって異なる曖昧なものだという。
実際、日本でも時代によって書き順が違っていたり、現代でも辞書によって違った説明がなされていることがあるそうだ。

著者は、単に義務やルールを否定したいのではなく、それを乗り越えていくのが面白いという。

矢のように降り注ぐ圧力とどう向き合うかでその後の書人生が決まってくるわけです。もし、ルールやプレッシャーがゼロだとしたら、こんな面白くないものはありません。
真の自由とは、束縛から解放に向かう、そのプロセスに存在すると私はかんがえます。書は、この自由と束縛のせめぎ合いのゲームを最初から最後まで味わえるという贅沢な世界なのです。
(P.65)

4.時代と書体

1.流れに逆らうから面白い

デジタル時代にアナログ
カラフル時代に白黒
立体時代に平面
ビルやコンピュータ等のハード時代に柔らかさ
複雑時代にシンプル
大量生産時代に1点もの
均一時代に個性

このように時代の進んでいる方向とは真逆にある。
過去の人達が積み重ねてきた知識や技術があって初めて書がある。そこに感謝しながら書を味わうことが今の時代を見つめる新しい視点になるのかもしれない。

2.何にどう書くか

時代や国によって、文字は粘土や、亀の甲骨、青銅、竹簡や木簡などに刻まれてきた。
その材質によっても角ばっている書体や丸みを帯びている書体など適切で独特なものになっている。

竹簡や木簡は1行1行が分かれていて縦長なので、字形を横長にした方が1行にたくさんの文字が書ける。
隷書が横長になっていったのは、そのような事情によるのではないかとも想像できてしまう。


3.手書きの「覚悟」

手書きの欠点は進むスピードが圧倒的に遅く、編集がしにくいので効率が悪いことだ。パソコンではコピーや削除、入れ替えなどが一瞬でできてしまう。
しかし、この便利ないつでも編集可能だと思って書き進めることと、書きはじめたら後戻りはしないという覚悟をもって進めることは、文章の1字1字に加わるパワーが変わってくるだろうと思われる。


5. 美意識

1.かなの余白美

かな作品の特徴として最も特徴的なのが「余白美」である。
日本人にとって、余白というのは単なる空白ではなく、そこに必ず意味が存在している。
中国にも余白を十分に意識している作品はあるが、かな作品のような余白を遊んでいる作品は見受けられないと著者はいう。

2.あいまいさの美学

かなの筆と墨と紙で書く「書」には、線の太さだけではなく、かすれ方や色まで日本人独特の感性が入りこんでいる。
このあいまいさにある種の美学が感じられると著者はいう。

先日、あるテレビ番組で音楽プロデューサーの松任谷正隆氏と対談させていただく機械がありました。氏がとても興味深いことをおっしゃっていました。「そもそも音符なんてものは存在しないのです。音というのは波のように絶えず流れているのです」
この言葉に、今までしつこく申し上げてきた「あいまい」をかんじませんか。
(P.113)

日本のひらがなの連綿(つながった字)は、素人ではどこが字と字のつながりか分からないくらい「つなぎ」の線があいまいになっている。これも日本人が持つ独特なあいまい性が反映されているといえるだろう。
また、中国語は1つ1つの漢字が独立して意味を成すが、かなは1つ1つでは意味として成り立たない。そういう日本語の言語体系が連綿を生み出した原因の1つとも考えられるのではないかと著者は主張する。

6.道具

紙、筆、墨、硯を文房四宝という。

1.紙の種類

中国でつくられる紙を「唐紙」、日本で作られる紙を「和紙」という。

原料の違いだと、
蔡倫の流れをくむ「麻紙」
自生している楮(こうぞ)を使った「穀紙」
自生しているガンピを受かった「雁皮紙」(厚く漉いたもの「鳥の子」と呼ぶ)
栽培された三椏(みつまた)を使った「三椏紙
などがある。

これらは必ずしも値段と質が比例するとは限らない。
何を選ぶかに正解はないので、とにかくいろんな紙と出会うことが大切なのだと著者はいう。

2.筆の種類

基本的には動物の毛を利用しているようだ。

馬、狸、イタチ、鹿・・・剛毛といわれ固い。墨含みはあまりよくなく、力強い線に有効。
羊、猫・・・柔毛といわれ、柔らかい。墨含みがよく、ふくよかな線に有効。

また、兼毛といって2種類以上の動物の毛を使用している筆もあり、使いやすさを考えると初心者はこちらから始めるのが良いとされている。

筆の持ち方にも種類があり、筆軸の前方に持ってくる指が人差し指1本か中指も合わせた2本かで「単鉤法」「双鉤法」と呼ばれるものもある。

3.墨の種類

液体墨ではなく固形墨についていうと、

原料は「水」と「膠(にかわ)」と「煤(すす)」と「香料」からなる。

墨には以外にも20%も水分が含まれているらしい。
膠は動物の皮から取り出したゼラチンを主成分とししてる。
煤には「松煙墨」と「油煙墨」がある。
香料は膠の臭みをとるために加えられる。梅花や甘松末、白檀、竜脳が昔は使われていた。柔らかい香りが心を落ち着かせるそうだ。

湿度や寒暖によっても磨墨液の違いが出るたり、磨るときの力の具合で粒子の粗さも変わってくるのだ。
そのことによって色がのっぺりと均一にならないため味わいがでるという。奥が深い。

また、「端渓硯」という広東省の高要県からとれる高級品もあるらしい。


7.書くときのコツ

1.力を抜く

以前、サックスプレイヤーのナベサダさんこと渡辺貞夫さんにお会いする機会があり、次の質問をぶつけてみました。
「演奏するときに気を付けていることは何ですか」
するとこんな答えが返ってきました。
「いかに力を抜くかということ」
(P.162)

ただし、普段の生活でだらだらしている人が本番で力を抜いても、よいエネルギーはでないということは心に留めておかなければならない。


2.練習の裏技

練習する前や後に、道具を用意したり筆を洗うなどの手間や時間をかけられない人は多いだろう。
そこで著者が提案するのが「水道書道」である。

そういう時におすすめなのが「水道書道」。特殊な素材の紙に水をつけて筆で書くと、黒い線が出てきて、本当に墨で書いている時と変わらない状況になります。4、5分経つと線は乾いて消え、何度も繰り返し使えます。
(P.163)

3.「にじみ」と「かすれ」

「にじみ」と「かすれ」は、多少あったほうがメリハリや立体感、スピード感が出て味がでる。しかし、やりすぎは禁物だ。
これは、墨が温度や湿度、紙の質や筆の質によっても変化するので制御不可能な領域でもある。
古典作品の「にじみ」と「かすれ」を見ることが大いに参考になると著者は薦める。
練習や経験を重ね、無意識として身体の暗黙知にまで落とし込むことも大事なのかもしれない。