ウソツキ忍者の独断と偏見に基づく感想・考察

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生きるために死ぬ?―――『アポトーシスとは何か』を読んで

遺伝子にプログラムされた細胞の自死についての本。
著者は田沼靖一(薬学博士)。
講談社現代新書
1996年第1刷。




1.細胞の自殺(アポトーシス)とは

1.簡単にいうと

ある条件がそろうと細胞の自殺遺伝子にスイッチが入って、その細胞が自分から死んでしまうことだ。

実は、その細胞の自死のおかげで私達は生きることが出来ている。
「死」が「生」を支えているのだ。

2.アポトーシス

普段は細胞の自殺スイッチはオフになっている。でも、ある時、何らかの刺激情報によって自殺遺伝子にスイッチが入ると細胞自身が独特なやり方で死に始める。

ただし、この死に方には普通の細胞死とは大きく異なる特徴がある。
①細胞の表面が滑らかになる。
②サイズが縮小する。
③DNAが規則的に断片化され核膜周辺に凝縮する。

その後、細胞の断片化が起こる。この断片はアポトーシス小体と呼ばれる。
アポトーシス小体は、異物をかたずけるマクロファージや隣り合った細胞に取り込まれ除去される。
そのため炎症反応を起こすことはない。これがアポトーシスの重要な特徴である。


雑だが簡単にまとめると
断片化→取り込まれる→炎症なし

3.ネクローシス

ネクローシス(壊死)は、言ってしまえば普通の細胞死だ。
ケガや火傷や毒などの突発的なショックによって細胞が死んでしまう普通の細胞死。
細胞が死ぬとミトコンドリアが機能しないのでATP(エネルギーの通貨)が産生されず、細胞膜のイオン輸送系が崩れる。そのことにより浸透圧の制御ができなくなり、細胞外から水が流入し細胞小器官も細胞自身も膨らんでいく。
DNAは不規則に分解され核構造を失う。
さらに壊れたリゾソームから分解酵素が漏れ出し、細胞が内から溶解して内容物が細胞外へ流出する。
これが誘因となり白血球が集まってくるため、発熱、痛み、浮腫といった炎症反応が生じる


雑だが簡単にまとめると
バラバラになる→異物として白血球が処理→炎症あり

4.アポビオーシス

(一部の例外を除く)神経細胞や心筋細胞のような分裂・再生をしない細胞がある。
これを非細胞再生系の細胞という。
このような特殊な細胞の自死を、通常のアポトーシスとは分けて考える必要があると著者は主張する。
細胞再生系のアポトーシスとは異なるこの自死をアポビオーシスと呼ぶそうだ。

雑な要約だが
分裂・再生する細胞の自死アポトーシス
分裂・再生しない細胞の自死はアポビオーシス


2.細胞の自殺(アポトーシス)にどんな意味があるの?

1.病気

多細胞生物は、たくさんの細胞から構成されている1つの個体だ。
個体を構成する細胞のすべてが生き続けると、逆に不具合が生じてしまうこともある。
例えば、ガン細胞のような有害な自分の細胞が発生したとき、このような細胞には自死してもらった方が個体の生存にとっては有益だ。
制がん剤として用いられてきたものの中にはガン細胞のアポトーシスを誘発することが分かっているという。

2.発生

また、発生の過程で受精卵から胎児が形をなすとき、指と指の間の細胞がアポトーシス自死)してくれないと指同士がくっついたままの奇形となってしまう。
アポトーシスとは、正常に発生するためには欠かせない仕組みでもある。

3.免疫

免疫とは自己と非自己を区別して、非自己(異物)を攻撃することで体を守るシステムだ。
だが、免疫細胞が増えすぎると、そのうち自分の体を攻撃し始めることがある(自己免疫疾患)。
そのように、自己に強く反応して自己を攻撃してしまう働きを持った細胞を排除しなくてはならない。
そんな細胞を除去するためにアポトーシスが必要となるのだ。


3.具体的にどんな細胞の自殺(アポトーシス)があるの?

1.イモムシ

イモムシはやがて蝶になる。しかし実は、イモムシ型の胴体が蝶型の胴体になるわけではない。
不要になったイモムシ型の細胞に自死が起こり、取り除かれながら、同時に元からあった蝶型の細胞が成長・分裂していくのだ。
イモムシ→サナギ→蝶という変態の過程には、このようにアポトーシスが関与している。

2.オタマジャクシ

水中生活者のオタマジャクシには必要だった尻尾は、陸上生活者のカエルになる際にアポトーシス自死)によって速やかに消えていく。

3.ヒトの指

ヒトの指も、胎児のころから5本あるわけではない。
最初にミットのような塊が出来た後に、指の間の特定の細胞が、特定の時期に、決まった数だけ自死することによって、指の形が形成されていくのである。


4.死とは「生の更新」である

1.死の獲得とは性の獲得でもある

生命が誕生したのは約38億年前だといわれる。
そこから約20億年あまりの間は細菌の時代だった。
単なる細胞分裂(無性生殖)によって増えるだけの「生と在」だけの世界だ。
分裂した新個体は、突然変異でも起こらない限り元の個体と同じ遺伝子をもった同じ生物である。
その意味で「死」のない世界だと言える。

ところが、今から数億年前に現れた高等動物では、個体は必ず死滅する運命にある。
個体の寿命は性とも深い関係がある。性成熟が早い動物種ほど短命で、逆に遅い動物種ほど長生きなのだ。

下等生物のヒドラは、成長後に体の一部が分離して新個体をうくる。
しかし、ある条件下では、雄と雌に分化して有性生殖を行って増えるようになることがある。
そうなると不思議なことに寿命が現れてくるのだ。
生と死ではなく、性と死の間に密接な関係があるようだ。
つまり、生と死は共存し、性と死が実は裏腹の関係にあるということになる。

2.性と死が進化を可能にした

性を持ち、有性生殖が行えるようになったことで遺伝子の融合が可能になった。
そのため、新個体はバリエーションが広がり、環境に適応したものは生き残り、不適応なものは淘汰される。
そうやって進化が可能になった。

しかし、それだけではない。
突然変異を起こし有害となった遺伝子は、性と死によって種から取り除かれている。
受精した際の父親と母親からくる2組の遺伝子のうち両者がともに異常であると、その受精卵はアポトーシスを起こして死に、それによって有害な遺伝子を種から排除することができるのだ。

3.死=生の更新

アポトーシスの機能を獲得することによって、多細胞生物は、生体の中で不要になった細胞、つまり、老化した細胞や余剰に作り出されて細胞を除去したり、その生物固有の形作りが出来るようになった。
さらに、この機構を巧みに利用して、ガン細胞やウイルス感染細胞といった有害となる細胞を除去する手段が得られ、生命を守ることが出来るようになったのだろう。

一方、アポビオーシスは、種の保存・遺伝子の保存のための個体消去の機能だといえる。
アポビオーシスは、個体の寿命に直結しており、個体レベルでの死を担当していると考えられる。

細胞の死、個体の死、種の死といったような「死の階層性」があるのだ。


細胞の死→個体の生を更新
個体の死→種の生を更新

というように下位カテゴリーにおける、ある構成要素の死が、その上位カテゴリーの「生を更新」している。
「生きる」ということは「死ぬ」といことによって成り立っている。


著者は、現代社会が「死」をネガティブなものとしてとらえ、俗世間でも科学の世界でも「死」を見つめようとしてこなかったと指摘する。「死」から「生」を見直すことが必要なのだ。

光の中で光をみるより、闇の中から光を捉えた方がよりはっきりとわかるように、一生の終焉である死から生を捉えなおすことによって、これまで見えなかった生命の循環、宇宙の大循環なるものが理解できるようになってくるのではないか。
現代社会の大きな欠陥は、死をタブーとして遠ざけ、隠しているところにある。今こそ「メメント・モリ(死を想え)」を思い起こす必要があるのではないか。死が日常から遠のいてしまっている現代に、死からはじまる科学が、生の意味を深く考えるきっかけになればと思っている。
(P.236)