ウソツキ忍者の独断と偏見に基づく感想・考察

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共生と性―――『ミトコンドリアの謎』を読んで

ミトコンドリアの発見や機能や構造について書かれた本。
著者は河野重行(分子細胞学者)。
講談社現代新書
1999年第1刷。




ミトコンドリアについて

それは分裂・増殖し、形を変え、運動し、あたかも細胞質という培地で培養されている小細胞、「細胞内の細胞」といった感がある。
(P.6)

ミトコンドリア研究には2つの大きな流れがある。構造を重視する細胞学と機能を重視する生化学である。
(P.10)

ミトコンドリアが独自のDNAをもっていることが明らかにされると、反自律的自己増殖系としてのミトコンドリアが脚光を浴びるようになった。
(略)動物のミトコンドリアDNAを例に取れば、大小2つのrRNAと22のtRNA遺伝子に加え、13の構造遺伝子しかもっていない。ミトコンドリアを構成する数百種にもおよぶタンパク質のほとんどは核ゲノムにコードされている。ミトコンドリアは、自分の遺伝子だけで、自分自身を作り上げることはできない。
(P.12)

ミトコンドリアは反自律的に活動し、独自のDNAをもっているが、完全に自立しているわけではない。
とはいえ「細胞内の細胞」であるかのような特徴的な振る舞いは非常に謎めいており、惹きつけられるものがある。


ミトコンドリアの特徴

ミトコンドリアの形状

顕微鏡は進歩を遂げ、染色法の開発などでミトコンドリアは観察されるようになていった。
しかし、ミトコンドリアという名前が一般化したのはごく最近のことのようだ。
その形状が変化するものであり、生物種によっても違ったり、同種でも細胞によって変わっていたらしい。
また、多くの研究者によって観察され、極めて多彩な名前で記載されていたそうである。

著名なミトコンドリア研究者であったカウドリーは、1918年に出版された総説「原形質のミトコンドリア的構成要素」のなかで、(略)と述べて91ものミトコンドリアに関する述語をリストしている。例えば、コンドリオコント、コンドリオーム、コンドリオソーム、プラソーム、フィラ、バイオプラスト、ミトコンドリオーム、サルコソーム等々である。
(P.28~P.29)

(略)ミトコンドリアは変幻自在にその形状を変えるのである。それは、もちろん固定法によっても大きく変化するが、生物種でも違うし、同じ生物でも細胞が異なり、さらに同じ細胞でも分裂周期によって異なり、同じ周期でも数秒の間にその形を変える。
(P.31)

ミトコンドリアの構造

ミトコンドリアは2重の膜で囲まれており、内膜はミトコンドリア内部に巻き込まれて、クリステと呼ばれるひだや横断する隔壁を形成している。
内膜はミトコンドリアの内容物を2つの空間(マトリックスとクリステの内腔)に分離しており、それぞれの空間は異なる密度を持っている。
こうした構造は決して静的なものではなくミトコンドリアのエネルギー状態でひだ状のクリステが管状になったりと変化する。

外呼吸と内呼吸

ミトコンドリアは呼吸に関わって機能している。
呼吸というと「息を吸ったり吐いたり」することをイメージしてしまうが、それは外呼吸(ガス交換)である。
細胞で行われる呼吸は内呼吸(細胞呼吸)と呼ばれ、気質の酸化還元反応とそれにともなう細胞内あるいは細胞と体液間のガス交換が行われる。
呼吸の本質は内呼吸(細胞呼吸)である。

呼吸によって作られるもの

細胞呼吸によってエネルギーの通貨といわれるATPが合成される。解糖・クエン酸回路・電子伝達系の合成プロセスのうちミトコンドリアでは、クエン酸回路と電子伝達系が担われている。
解糖では2ATP、クエン酸回路では2ATP、電子伝達系では34ATPが合成される。

ミトコンドリアDNA

ヒトのミトコンドリアDNAは16569塩基対あり約5ミクロンの長さだそうだ。
ヒトも含めた動物のミトコンドリアDNAは全て環状をしている。
ヒトのミトコンドリアDNAには遺伝子がほとんど隙間なく連なるように並んでおり、小さなサイズにできるだけ多くの遺伝情報を詰め込むために、様々な工夫がなされている。
こうした塩基情報の節約こそが、ヒトのミトコンドリアDNAの特徴でもある。

ミトコンドリア・イヴ

ミトコンドリアDNAは母系遺伝するもので、様々な人種の147人の現代人のミトコンドリアDNAを調べたところ、それらは全て約20万年前にアフリカで生きていたと仮定される女性から分岐したものであると分かったそうだ。


性とミトコンドリア

有性生殖と無性生殖

ただ子孫を残すためだけなら、栄養生殖や単為生殖といった無性生殖の方が2倍効率がいい。
有性生殖では、配偶者を探し求愛行動をとるなど更なる非効率性がある。

それに対し、有性生殖は組み換えによって遺伝子を様々に組み合わせられるので環境変動に適応しやすいという説があるが、時間がかかりすぎるとう難点もある。

パラサイトと有性生殖

オックスフォード大学のビル・ハミルトンらは、性とパラサイトの関係を表すコンピュータモデルを作り上げた。有性生殖と無性生殖の増殖シミュレーションでは常に無性生殖が完全勝利していたが、そこに何種類かのパラサイトを導入すると有性生殖がしばしば勝利することが起き始めた。
そして、抵抗性と毒性を決定する遺伝子の数を増やすと、有性生殖の勝率が高くなることが分かった。

なぜ性は2つなのか?

ハーバード大学のコズミデスとトゥービーやオックスフォード大学のハーストの考えだと「なぜ性は2つなのか?」という問いは「なぜオルガネラは母性遺伝するのか?」という問いと同じだという。

雄のオルガネラ(細胞内のミトコンドリアと色素体)の遺伝子は、受精の前後で除去されて、次世代に伝わることはない。(略)「オルガネラを提供する性=雌」と「オルガネラを放棄し提供しない性=雄」があることになる。なぜオルガネラの遺伝子を提供しない性があるのだろうか。鍵は利己的な遺伝子の間の競合にある。オルガネラ遺伝子も利己的だから、当然、良心由来のオルガネラ遺伝子間で競合が起こることになる。こうしたオルガネラ間の競合は接合子自身の生存を脅かしかねない。こうした状況を打開するためには、一方が自らのオルガネラを放棄することである。(略)こうすることで、オルガネラ間、核とオルガネラ間のコンフリクトが解消され、生き残る子孫が増えるとすれば、オルガネラを放棄する性(雄)が増えることになる。オルガネラを提供する性(雌)と放棄する性(雄)の比が1:1からずれると、少なくなった方が相手を選べるという意味で有利となるため、性比は1:1で定常状態となる。
(P.189~P.190)

このような仮説もあるそうだ。
さらに、より大胆な仮説としてトロント大学のヒッキーの解答によると、

彼の計算によれば、有性生殖をする集団においては、利己的なパラサイトDNAはそれが宿主の適応度に影響を与えようが与えまいが、ほぼ同じように世代を経て集団内に広まっていくことになる。つまり、有性生殖集団という前提さえあれば、パラサイトDNAはそれが善きものでも悪しきものでも、広がるべくして広がってしまうというのだ。
(略)さて、無性集団に飛び込んだ不幸なパラサイトDNAが自らの生存を確保し、集団全体に広まるためには、いかなる手段があるだろうか?逆転の発想をすれば、応えは簡単である。パラサイトDNAは、自らが飛び込んだ無性集団を、有性集団にしてしまえばいいことになる。同じことは性の起源についても言える。有性生殖が出現する以前、かつて地球上の生物が全て無性生殖だったとき、ある種のパラサイトDNAが、自分自身のために宿主に性を与えたと考えたらどうだろうか。
(P.209~P.211)

新しい共生説

従来の共生説とは「2つ(好気性細菌と古細菌)を結び付けたものが何であったか」について異なる仮説を東京大学の石川統が打ち出したという。

(略)これは暗黙のうちに、次の3点を認めたことになる。
①宿主は十分な量のATPを合成できなかった。
②共生体は必要以上にATPを合成できた。
③共生体は余剰のATPを細胞外へ排出できた。
これらの条件は、既存の真核細胞におけるミトコンドリアと核あるいは細胞質の間では確かに満足されている。しかし、それぞれ独立の生物と考えたときに、細胞外へ排出するほどATPを過剰生産する生物がいたり、自分に必要なエネルギーすら確保できない生物が存在しえたとは思えない。ATPという絆は共生の結果生じたものではあっても、共生のきっかけを与えたものではないだろう。
彼らは、共生のきっかけを与えたのは水素と二酸化炭素だったと仮定した。ある種の最近は嫌気的に有機物を分解して、エネルギーを得るとともに水素と二酸化炭素を老廃物として放出する。一方、水素と二酸化炭素をそれぞれ唯一のエネルギー源および炭素源として生活している古細菌がおり、深海底の沈殿物など嫌気的環境で水素排出性細菌と栄養共生しているものも知られている。
(P.230~P.231)

マルチンとミューラーの新説ではミトコンドリアとハイドロジェノソームは同一起源であると考える。ハイドロジェノソームが、嫌気的に有機物を分解してエネルギーを得るとともに水素と二酸化炭素を老廃物として放出する細菌だったとすれば、ミトコンドリアの起源も同じ水素排出性細菌だった可能性がある。
(P.231~P.232)

従来の共生説を「ATP説」とすれば、この新説は「水素説」と呼べる。水素説では共生が嫌気的条件下で始まったといいうことを前提としている。
(略)ATP説が好気性細菌を共生体とするのに対して、水素説は通性嫌気性細菌を共生体と仮定する。共生体に関して「”好気”性細菌」から「通性”嫌気”性細菌」へと発想を逆転するわけだ。こうすることで、嫌気条件下での共生や、ハイドロジェノソームの存在がうまく説明できるようになる。
(P.232)

共生体は、本来従属栄養性であり、外界から有機物を取り入れる必要があるが、細胞内に取り込まれるとそれができなくなってしまう。その解決策が遺伝子転移である。細胞が有機物を外界から取り入れるためには、有機物を輸送するための特殊なタンパク質が細胞膜に存在する必要がある。宿主は、共生体から遺伝子を受け取り、独立栄養生物型の細胞膜を、有機物輸送が可能な従属栄養生物型の細胞膜に転換する必要があった。こうして宿主は独立栄養から従属栄養へ転換していったと考えられる。
(P.234)

これまで、共生説に対する批判の中心には、独立の細菌だったはずのミトコンドリアがなぜこれほど少ない遺伝子しかもたないのかという疑念があった。マーグリスの最大の功績は、ミトコンドリアの祖先のゲノムはもともと小さかったのではなく、共生の結果としてゲノムサイズの減少が起こったのだと推論した点にあった。このゲノムサイズの減少はミトコンドリアから核への遺伝子転移によって引き起こされたわけだが、それがなぜ必要だったのかは説明されていなかった。水素説の強みは、遺伝子転移の必然性をうまく説明できる点にある。
(P.235)